2019年4月18日。父、ためちゃんが末期ガンで突然余命宣告をされました。 病名は、進行性右尿管がん 周囲の筋肉に浸潤 ステージ3から4 病院での治療は不可能ということです。ひとり娘である私が、健康オタクの名にかけて、代替治療で根治を目指します。

こんにちは、健康と美容オタクの、親方ふぅこです。

父、ためちゃんが、8月25日 午前6時31分 永眠しました。

我が家は宗教上の理由で、お通夜や告別式をしません。

そして、本日 火葬場で、お別れ会をしました。

そこで、来ていただいた皆様にご挨拶のスピーチをさせていただきました。

その内容をここに記します。

皆さまへのお礼の言葉

この度は、お父さんのためにお集まりいただき、ありがとうございました。


今年の4月18日に、尿管ガンステージ4、余命半年以内と宣告され、その時にはもう状態がわるく、痛みもあり、ご飯も食べれないし、息もハアハア苦しい感じで、あまり動けませんでした。

当初手術の予定だったのですが、お父さんが無輸血を強く希望し、苦しみたくないと、抗がん剤も拒否したので、病院では無治療になりました。


その後、娘のわたしの提案する代替療法を素直に受け入れてくれて、そこから私たち家族3人の闘病生活がはじまりました。


辛いながらも一生懸命私の期待に応えようとしてくれて、頑張りました。

その成果が出て、みるみるうちに元気になり、散歩したり、草刈りをしたり、一緒にドライブや写真展にいったり、美味しいお寿司や鰻を食べにいったり、元気で充実した生活を送り、その生活の中で、泣いたり笑ったり喧嘩したり沢山会話したりと、16歳で家出したわたしには、今までなかった、家族の時間の中で、、初めて、絆や家族の愛、信頼関係が生まれました。

本当に元気になり、鎮痛剤もいらなくなるほどだったので、根治するのではないかと期待していました。しかし、病気は、着々と進んでいたようで、最後の一か月、だんだんとまた悪くなってきました。

それでも無くなる3日前まで、みなさんが訪問してくれたら会話を楽しんだり、家族3人で外食を楽しんだり、大好きなお友達のところにお寿司の差し入れを持っていったりと、辛いながらも元気でした。


しかしその後急に元気がなくなり、具合がわるく、入院した日は血圧が70まで下がってしまいました。


おそらくお父さんは、このところ自分の死期が近いことを知っていたんだとおもいます。でも、決してネガティブなことを言わず治ることだけを考え、私たちに心配させないようにしてました。


頑固だから、ガンになったお父さんは、最後入院した日に、お母さんに今まで一度も云ったことのない「ごめんね」という言葉を残し、さらに、わたしの手をぎゅーぎゅー強く握って、ありがとうの気持ちを素直に伝えてくれました。


そして、頑固が治ったとたんに、、死という形で、ガンから解放されました。
なかなか頑固者が素直になるというのは、勇気のいることなので、お父さんは、カッコ良かったし、わたしのヒーローになりました。


さらに、亡くなったあと、ものすごい沢山の人から、「お父さんのことすきだったんだ」とか、「お父さんにすごくお世話になったんだよー」と、感謝の言葉を溢れるほどいただき、みなさん涙してくれました。こんなに沢山の方に、涙を流してもらえるなんて、びっくりしました。


そして、わたしの中で最終的にお父さんは、スーパーヒーローに昇格しました。


結果的に、ピンピンコロリだったので、突然すぎて、まだ気持ちの整理がつきませんが、みなさんの励ましが、本当に残されたわたしたち親子の救いになっています。

そして感謝をみなさまにお返しできるよう。これからはわたしもお父さんのようなスーパーヒーローになれるよう頑張りたいとおもいます。


本当に皆さまありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。


喪主小黒富美子

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